分かりやすいテーマとして、一人の新人が、立ち位置や行動など、PT技術を身に付けていくというものがありますが、実はそれ以外にもいくつかのテーマを盛り込んであります。
スキルやステータス、装備など、システム的に強くなる以外にも、PTスキルというプレイヤー自身の技術にも目を向けようというのが、私の展開するPT論の大きな骨子なのですが、それ以外にも大切なことがあります。
極限にまで高めた集中力によって練られた魔法を、今まさに開放しようとした瞬間にそれを止める事など不可能に近い。急速に辺りの空気がチリチリと焦げつき始め、炎の壁は業火となってその姿を現した。その炎の向こうにこちらへと駆け寄ってくるリッチの姿が見えた。
最初に相手していたリッチを正面に、左右そして後背から三体のリッチがPTに集まるように駆け寄っていた。
「シンジーン来い!」シレイトウが叫ぶ。突然のことに半ば呆然としているシンジーンは我に返りシレイトウの姿を探した。
シレイトウはメンバーの中で最もイヤスデーから離れた位置にいたにも関わらず、PTの後方、イヤスデーの背後から寄ってくるリッチを迎え撃つべく
既にイヤスデーの間近にまで走っていた。
*1 シンジーンは言われるがままにシレイトウの後を追った。
キヨウヤーンは素早く周囲を見渡した。自分の後方から一体、正面から一体、PTめがけて駆け寄っている。自分の右側、イヤスデーの背後からも一体迫っているが、既にシレイトウとシンジーンが向かっているから大丈夫だろう。後背のリッチは確実に自分に狙いを定めているのが分かる。正面のリッチはタッテーに狙いを定めているようだが、炎の壁がある。炎の壁に触れた途端、矛先がやはり自分に向くだろうことをキヨウヤーンは悟っていた。
「
さて、ワシに出来る事は……」
*2キヨウヤーン程の高位魔法使いともなれば、様々な魔法を使いこなせた。相手の神経細胞に多大な影響を与え行動不可能にする麻痺、亜空間へと放り込み一瞬にして相手を消し去ってしまう時空転移、精神にショックを与え攻撃を行えなくしてしまう攻撃停止など、危機を回避する選択枝はいくつでもあった。
しかし、タイミングが悪かった。魔法を発動した直後は精神力を使いきり、すぐには再発動出来ない。それが上位であればある程クールダウンの時間が必要となるのである。またそれら魔法には詠唱も時間がかかり、詠唱中に攻撃されて失敗してしまうことは目に見えていた。
「仕方ないか……」キヨウヤーンはチラリとイヤスデーに視線を向けた後、すっと体を動かした。
「そ、そんな……。リッチが勝手に位置を変えるなんて……、あり得ない!」PTに多数のリッチが群がろうとしている様子を目の当たりにしたイヤスデーは元々白い顔を更に蒼白にし、そう叫んだ。
「
落ち着け、感想文は後だ。タッテーへのヒールを続けろ!」
*3予想を越えた出来事にパニックになりかけたイヤスデーを一喝しながら、シレイトウはイヤスデーを襲おうとするリッチに一撃を加えた。
シレイトウの一喝で我に返ったイヤスデーは慌てて治癒魔法の詠唱を始める。そこへリッチの一撃。練り上げようとした魔法がボフッと音を立てて四散する。
「イヤスデーさん!」シンジーンがようやく駆けつけ、イヤスデーを襲うリッチに剣を振り下ろした。リッチはスルリと身を翻しシンジーンの攻撃を難なくかわしてしまう。
「盾魔法でかすり傷だ。早くタゲを奪え!」叫びならがシレイトウが第二撃を加えた。それが見事なクリティカルヒットとなり、リッチは苦痛に体をうねらせると、自分に苦痛を与えたシレイトウに向きを変えた。
「よし!」イヤスデーに向けられたタゲを無事奪うことにシレイトウは成功した。それを見届けたシンジーンは前線中央に残した二人を思い出し、そちらに目を向けた。
キヨウヤーンがいない。
タッテーが当初の位置に陣取ったまま、右側から加わってきたリッチに斧を振り下ろしている。
左側から加わってきたリッチはタッテーの背後から漆黒の槍を撃ち込もうと身構え、当初から相手をしていたリッチは炎の壁の中から槍を突き出してきていた。全てのリッチの姿は確認が出来た。しかしキヨウヤーンの姿が見当たらない。
タッテーの方に数歩駆け寄ったシンジーンがやっとキヨウヤーンの姿を目にした。丁度炎の壁の業火の中、タッテーの影に隠れるように立っていた。
次の瞬間、右側のリッチの槍が深々とキヨウヤーンの腹部を背後から貫いた。
「キヨウヤーンさん!!」シンジーンが叫ぶ。
「
ふむ、2体同時では、流石にタッテーでもタゲを奪い切れないか……」
*4そう呟きながらキヨウヤーンが業火の中で崩れ落ちた。
「すまん」タッテーは呟きながら再びリッチに斧を振り下ろした。
「うわああああああああ!」キヨウヤーンからズブリと引き抜いた槍の先から血を滴らせているリッチを、シンジーンは力任せに剣を叩きつけた。
その一撃がクリティカルヒットとなった。「当った!」続けざまにニ撃目三撃目を撃ち込む。
と、突然目の前にタッテーの太い腕が現れ「違う、そっちではない」と声が聞こえた。タッテーが体を割り込ませ、シンジーンの攻撃を阻止する体勢を取った。
「邪魔をするな!こいつが、こいつがっ!!」シンジーンは半狂乱になりながらタッテーの大きな体躯を押しのけようとする。
「後ろを見ろ」タッテーの言葉に、シンジーンは振り返った。
イヤスデーが歯を食いしばり、
目に涙を浮かべながら治癒魔法の詠唱をしている。
*5その詠唱を行う手が小刻みに震えていた。
「イヤスデーさん……」剣を持つ手から力が抜けた。
「キヨウヤーンがなぜ逃げずに自ら乱戦の中心に身を置き続けたのか?イヤスデーがなぜそのキヨウヤーンに一度も治癒を行わなかったのか?お前には分からないか?」イヤスデーからタゲを奪ったシレイトウが、リッチの攻撃をかわしながら後退してきた。
「え……?」
「何をしておるか?シレイトウに教わったばかりであろうが」キヨウヤーンの声が、耳ではなく直接頭の中に響いた。
霊話である。
*6
この世界の死亡は「身体の死亡」を意味し、それは命の消滅を意味するわけではない。身体を激しく損傷すると精神を引き止めておくことが出来なくなり、死亡した状態となる。しかし精神自体が消滅したわけではなく、直接精神に話をすることが可能であり、それを霊話といった。
損傷した身体を回復させ、再び精神を宿らせることで蘇生を行うことも可能なのである。この世界での真の死とは、生まれ来る新しい世代に自身の命を引き継がせる「継承」のみを指していた。
「教わったこと……」シンジーンは呟き、そして気がついた。
「そうか、こっちですね!?」シンジーンは炎の壁の中にいる、最初に相手したリッチに歩み寄り、切りかかった。
「そうだ。キヨウヤーンを倒したそのリッチは次の相手を探している。そんなリッチを殴っていては簡単にお前に注意を向けてしまう」シレイトウは器用にリッチを誘導しながら、タッテーのすぐ脇まで辿り付いた。「こいつは当分俺が相手する」
キヨウヤーンを倒したリッチの注意を自分に向かせると、タッテーは再び最初のリッチ、つまりシンジーンと同じ相手に攻撃先を変えた。
「キサマの防御力なぞ、ワシに毛が生えた程度じゃろ」再びキヨウヤーンの声が頭に響き、シンジーンは黙って頷いた。「一撃ならともかく、ニ発三発と食らえば、キサマとて精神を繋ぎ止めておくことなど無理からぬ事、例えイヤスデーの治癒があろうともな」
「キヨウヤーンは……」タッテーが斧を振り上げながら呟き、「自ら犠牲になった」と続けた。振り下ろされた斧がクリティカルヒットを生んだ。
「後ろから来るリッチは当然のこと、前方から来るリッチも炎の壁に触れた途端にキヨウヤーンを狙う」シレイトウが器用に連続攻撃を繰り出しながら続けた。「近くに立ち続けることでタッテーが攻撃しやすいよう誘導した訳だ。死ぬのを覚悟の上でな」
「イヤスデーは」キヨウヤーンの霊話が響く。「間に合うかどうか分からぬワシへの治癒を行うことなく、確実なタッテーへの治癒に専念した訳じゃ」
少し間を置き霊話が続いた。
「ヒーラーが、傷つく者を目の前にして治癒を断念することの心の痛みぐらい、小ネズミのキサマとて想像がつくじゃろう」シンジーンは唇を噛んだ。
「
キサマ一人が怒りに我を忘れるなぞ、おこがましいわっ!」
*7苛烈なキヨウヤーンの叱責がシンジーンに浴びせられた。しかし不思議と悔しさも悲しさも感じることはなく、むしろ落ち着いていく自分を感じることが出来た。
「時間がないぞ……」キヨウヤーンの霊話が全員の頭に響いた。
キヨウヤーンの残した炎の壁も今は消え、前衛の三人は必死に戦い続けていた。
リッチの一体をシレイトウが受け止めているとはいえ、タッテーには三体のリッチが群がっている。リッチも時間の経過と共に精神力に疲れが出てきたのか魔法による攻撃より、槍による物理攻撃が増えてきており、魔術抵抗がまだ低いタッテーには助かっているものの、イヤスデーはタッテーへの治癒に追われている状態であった。
「もう少しだ」タッテーがシンジーンの目を見た。
目前のリッチが今にも崩れ落ちそうになっていた。
その時、歓迎出来ない異変がメンバーに訪れた。キヨウヤーンがメンバーにかけた範囲鎧魔法の効果がスウッと消えたのである。
それを見たリッチが「ニヤリ」と笑ったようにシンジーンには思えた。
「うぬ、おのれ……、ワシがおれば鎧魔法ぐらいかけてやれるものを」キヨウヤーンの霊話に悔しさの響きが伴った。
「ぐっ!」冷静なシレイトウにも心の揺れが出たのか、リッチの攻撃を受けてしまった。不運なことにそれがクリティカルとなった
「シレイトウさん!」シンジーンが叫ぶ。
「
大丈夫だ、POTでしのげる」
*8シレイトウがリッチから目を離さずに言った。「しかし、次当るとマズいな……」
「これ使って下さい」シンジーンは一旦攻撃の手を休めると、シレイトウの近くまで移動して手持ちのPOTを置いた。
「良い落ち着きだ」シレイトウがニヤリとした。
「私は攻撃受けてませんからね、自由に動けます」そう言ってシンジーンはふと気がついた。「自由に、……動ける?」
シンジーンはイヤスデーに振り返った。範囲鎧魔法の効果が切れ、一撃のダメージ量が増えてしまったため、イヤスデーはさらに治癒に追われることになってしまっていた。もう治癒先であるタッテーに目を向ける余裕すらないような状況であった。
リッチの攻撃を避け続けているシレイトウも絶対ではなく、POTの残量も心許ない。
屈強なタッテーも三体のリッチに囲まれ、イヤスデーの必死な治癒にも関わらず、ジリジリと体力が削がれており、もう時間の問題のように見えた。
タッテーにリッチを集めるために身を犠牲にしたキヨウヤーン、イヤスデーを守ることを最優先したシレイトウ、治癒を受けやすくするため一歩も動かないタッテー。
「そうか」シンジーンはゴソゴソと自分の懐を探った。「あった……」
治癒は最も簡単な魔法の一つであり、PTのヒーラーであるイヤスデーにとって難しいわけではない。しかし、これだけの連続ともなればミスも出てしまうし、何より精神的な緊張が彼女を蝕んでいく。
鎧魔法の効果が消え、ダメージ量が増えたことによって、ジリジリとタッテーの体力が低下していく絶望感が、更にイヤスデーの心にダメージを与えていた。
ダメかもしれない、そう彼女の脳裏によぎり、焦りを感じ始めていた時、突然耳慣れた音が聞こえた。
ふと目を上げると、カーンという乾いた音と共に、タッテーの周りに硬質な青い光が纏われた。
「盾魔法!?」イヤスデーが魔法の主を目で探した。
「ダメか……?」シンジーンがペンと魔術書を手に、タッテーを見つめていた。タッテーを包んだ盾魔法は何事もなかったかのように、虚しく消えた。
「は~っはっはっ!子ネズミが魔法を使うか!?」キヨウヤーンの楽しそうな感情を伴った霊話が響いた。「何をしておる?一度でダメなら二度三度じゃ!
小ネズミが一発で成功させようなどと自惚れるでないわ」
*9
「考えたな。盾魔法なら精神力(INT)は影響しない」シレイトウが横目に眺めながら話した。「タッテーにかけたら、こっちにも頼むぞ!」
「アタッカーのシンジーンは器用(DEX)だ。詠唱は速い」タッテーが頷いた。
タッテーに何とか盾魔法を成功したシンジーンは、すぐにシレイトウに盾魔法を唱えた。今度は一発で成功した。
「よし、シレイトウへはそれで良い。後はタッテーへ盾魔法を唱え続けるんじゃ!成功しようが失敗しようが、とにかく唱え続けるのじゃ」キヨウヤーンが指示した。「
シレイトウの盾魔法が切れたらワシが教える。
*10それまでタッテーに集中しておれ」
「はい!」シンジーンは無我夢中で盾魔法を唱え続けた。
タッテーの体力がジリジリと削られ時間の問題であるのなら、それを助ければ良い。自由に動ける自分こそが、切りつけることだけに専念するのではなく、自由に行動すれば良いのだ、出来る範囲で。シレイトウにPOTを渡すことが出来たことで、初めて彼は自分の意味を見つけたのだった。
「おらっ!」タッテーが斧を振り下ろした。最初のリッチがグズグズと音を立てて崩れ落ちた。
「タッテー、左のリッチだ!」シレイトウが次のリッチを指示した。
シレイトウは指示したリッチを集中攻撃し、
タッテーは反対側にいるリッチに攻撃を加えつつ、
*11指示されたリッチを重点的に攻め上げた。
「あいたたた。リッチのヤツめ、深々と槍を突き立ておって……」キヨウヤーンが背中に手を回して擦りながらグチをこぼした。イヤスデーの蘇生魔法で肉体に精神を引き戻されたのである。
「爺さんも相当歳だからな、気をつけないとポックリあの世へ行ってしまうぞ」シレイトウがニヤニヤしながら言った。
「やかましいわ!」
シンジーンの盾魔法によって余裕の生まれたPTは、時間はかかったものの、一体ずつリッチの数を減らしていくことに成功した。
最後のリッチを倒した後、キヨウヤーンを蘇生し、広間の外へ出てキャンプを張ったのである。
「あれで良かったんでしょうか?」シンジーンが聞いた。
その問いかけに答えたのはイヤスデーだった。
「あのままでは減っていくタッテーの体力を止める事は出来なかった。貴方の援護が時間を稼いでくれたのよ」
「はぁ……」
「まさか魔法が使えるとはな」シレイトウが肩を叩いた。
タッテーは斧の刃こぼれを確認しながら、黙って頷いた。
「自分に何が出来るのか分からなくて、魔法剣士とか、色々試してみようと思っていたんです」シンジーンが頭をかいた。
「たわけたことを言うでない!」キヨウヤーンが吐き捨てるように言った。
「あんなお粗末なモノ、魔法の内に入らんわ」
一同が顔を見合わせた。
「あ~腰が痛い!シンジーン、さっさと治癒をせんか!」
小ネズミから卒業したシンジーンの治癒魔法の音が、アフラームの通路の中に響き渡った。
- 終わり -
*1 既にイヤスデーの間近にまで走っていた。
PTが危機に陥った時、最優先に守るべきはヒーラー(蘇生)である。
*2 「さて、ワシに出来る事は……」
後衛の場合、襲われると反射的に逃げてしまうことが多い。
逃げることは悪くないが、逃げるのが最善の方法なのか、慌てず、どうすれば良いのか落ち着いて判断する余裕を持ってもらいたい。
*3 「落ち着け、感想文は後だ。タッテーへのヒールを続けろ!」
突発的な事態に遭遇した時、もっとも怖いのはパニックになり、普段の実力が出せないこと。
単に落ち着つかせるだけでも効果は大きいが、具体的な指示を出せれば更に早い立ち直りが期待出来る。
*4 「ふむ、ニ体同時では、流石にタッテーでもタゲを奪い切れないか……」
文中にある通り、新たに加わったMOBは範囲魔法の影響もあり、二体ともキヨウヤーンを狙っていた。
タッテーは自分の目の前を通過してキヨウヤーンを襲おうとする、左からのリッチにまず攻撃を加え阻止していた。
*5 目に涙を浮かべながら治癒魔法の詠唱をしている
傷つき倒れようとしているキヨウヤーンに一度も治癒をしなかったイヤスデー。
誰を見殺すか冷静に判断出来るヒーラーこそ、優れたヒーラーだと評したい。
*6 霊話である
昔、霊能力スキルというのがあって、そのスキルがないと死んだ後は会話も出来なかったんですよ。
*7 「キサマ一人が怒りに我を忘れるなぞ、おこがましいわっ!」
このキヨウヤーンのセリフ、酷いと感じてしまう人もいるでしょうね。
でも一人勝手に悲劇のヒロインを演じているのって、周りの仲間に気持ちが向いてないように思えるんですよね。
*8 「大丈夫だ、POTでしのげる」
アタッカーは優先して治癒を受けられない場合がある。
ヒールPOTは常備しておくこと。
*9 小ネズミが一発で成功させようなどと自惚れるでないわ
確かにヒールは成功率が勝負となる。
しかし、盾魔法や鎧魔法、弱体化、鈍化といったバフ・デバフは失敗すれば、二度三度とかければ済むことである。
「一発で成功しないかもしれない」という恐怖を捨て去ることこそ、援護魔法に大切なことである。
*10 シレイトウの盾魔法が切れたらワシが教える
例え死亡しようとも、指示を出すなどPTへの協力は可能。
戦うことだけがPTへの貢献ではない。
*11 タッテーは反対側にいるリッチに攻撃を加えつつ
タンクに求められることは、タゲの保持である。
全てのMOBに対して満遍なく攻撃を行わなければ、放置したMOBが突然ヒーラーや、バッファ・デバッファに襲い掛かることがある。
タンクは倒す事に捕われず、全てのMOBに攻撃を加え、ヘイトを管理することを心掛けよう。